MIKIMADE 野宮未葵さん
コテを片手に、建物の壁を美しく仕上げる左官職人。長きにわたり「男の世界」と認識されてきましたが、ここ数年で多くの女性の左官職人が注目されています。今回は、社員職人を経て独立し、「MIKIMADE」の屋号で活躍する野宮未葵(のみやみき)さんにお話を伺いました。 Photographs by KUMADA takahiro(MECKELU)
コミュニケーションを一番大切に
――普段のお仕事内容を教えてください
野宮 私の場合は、個人のお客様からのご依頼が八割で、マンションや一軒家などの住宅の施工が主です。打合せでどんな壁にしたいのかをヒアリングし、それに添ってサンプルを数枚作成して提案。可能であれば現場を拝見して、そこでまたイメージをすり合わせたりすることもあります。仕上がりや色、素材が決まったら見積もりを作り、OKをいただけたら施工に入ります。受注から施工に入るまででだいたい1ヶ月くらいでしょうか。
――左官の仕事で一番大切なことは何ですか?
野宮 施工に関していうと、隅々まで気を使うことですね。細かなアラがあればきちんと手直しするとか、手の届きにくいあとちょっとのところまできちんと手を伸ばして仕上げるとか。これは職人の個性が出るところかもしれません。でも実は、とくに個人のお客様の場合、施工に入るまでのコミュニケーションが一番大切なんです。お客様の求めるものをどう実現するか、それをどうお客様に説明していくか。私はとくに仕上がりのイメージを事前に共有することに注力しているので、サンプルもできる限り作り直しますし、納得いただけるまで何度もやりとりをします。結果、「イメージと違う」などの理由でのやり直しが発生するリスクもなく、一番効率的なんです。
女性の左官職人として働くこと
――そういった柔軟性も、女性の左官職人が注目されている理由にあるのでしょうか?
野宮 性別が関係しているかはわかりませんが、私の場合は「話しやすい」とはよく言われます。とくに個人宅だと奥様とお話しすることが多いので、同性のほうがいろいろ話せるというのはあるかもしれません。あとは奥様と旦那様で意見が分かれてしまったときなどは、その橋渡し的な存在になったり(笑)。やりとりの回数が多いので、友達のようになっちゃうんですよね。なので、施工後もずっとお付き合いを続けさせていただくこともあります。
――そもそも野宮さんが左官職人になろうと思ったきっかけは何だったのですか?
野宮 私が高校3年生のときに実家をリフォームしたのですが、そのときに女性の左官職人さんが来られて、仕事の様子を見たり話を聞いたりして興味を持ったんです。当時は左官の世界をよく知らず、女性がいることは当たり前のことだと思っていたので、自分がこの世界に飛び込むことに何の抵抗もありませんでした。でも、大学4年生のときに左官職人を目指して就活してみると、いろんな会社から「女の子はちょっと…」と断られて。そのときに「あ、左官って男の世界なんだ!」とやっと気づいたくらいですね(笑)。
――実際、現場に入ってみてどうでしたか?
野宮 やっぱり力仕事が多いので、女性は体力的な問題がありますよね。夏場は冷房設備がない環境で汗だくになり、逆に冬はかじかむ手で暗くなるまで作業をしなければなりません。何より、一番の問題はトイレですね。工事現場のトイレはやっぱりあまり綺麗ではないですし、まず男女で分かれていることが少なかったですから。いわゆる「3K(汚い、キツい、くさい)」の世界なので、女性向きの労働環境ではなかったですね。でも最近は、大きな現場だと昔より設備が整っていたり、気持ちいい環境で作業させていただくことが多くなりました。職人の地位が向上してきているのだと思います。
「左官」の固定概念を覆したい
――その背景には何があると思われますか?
野宮 時代性が大きいですね。これまでは建築業界でも「早い・安い」が優先されていましたが、いまは「オンリーワンが欲しい、自分が本当にいいと思うものが欲しい」という方向に、消費者の意識がシフトしてきているかと思います。そこで必要となってくるのが人の手、職人の技術なんです。
一方で、職人の数は減ってきています。それによって、職人の仕事が大事にされ始めているように思います。たとえば、建設中の現場だと照明が仮設置の場合が多いのですが、いざ竣工して本照明が点いてみると、光の向きが違うということがありました。左官の仕事は影の出方が印象を左右するので、光の向きが違うと職人が思うとおりの仕上がりにはならないんです。「ここから光が当たるなら、違う塗りの方向にすればよかったな…」と悔しい想いをしました。それ以降は自分で小型のライトを用意して、本照明と同じ位置から明かりを照らして作業していました。そのくらい、作業環境が大事。いまは限りなく本番に近い環境で作業させていただける現場が増えましたね。
――今後の目標を教えてください
野宮 左官職人にはふたつのタイプがいると思っていて、ひとつは伝統的なことをきっちり守っていく、腕のいい職人さん。もうひとつは、左官の世界を新しい方向に広げていく職人さん。私は前者には到底なれないと思っているので、そこは先輩方におまかせします。私は、左官を左官だけの枠にとどめずに、どんどん新しいことをやっていきたいと思っています。「左官屋さんに頼むと、こういう壁しかできないんでしょ?」という固定概念を壊していきたいですね。たとえば壁に石やタイル、ガラスを埋め込むようなアート的なこともできますし、塗り壁の素材に思い出の土地の土を混ぜることもできるんです。あるいは塗装屋さんとコラボしてみても面白いかもしれないですよね。お客様からの「こういう壁が欲しい」というリクエストに対して、「左官はこういうこともできるんだよ」という新しい提案をして、まだまだ知られていない左官の可能性を周知させていきたいです。
壁について一言
Q:野宮さんにとって「壁」とは?
A:キャンバスです。
野宮 私が作りたいのは、「自分が見て気持ちいい壁」なんです。壁を塗ったあとの「よし、綺麗になった!」という達成感を一番に目指していて、そこにあるのは私の「気持ち良さ」だけなんです。感覚としては、絵を描くことと近いのかもしれません。私にとって壁はキャンバスですね。あとは、クロスでも塗装でも、壁を見るとまず触ってしまうのは職業病でしょうか(笑)