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素材を巡る旅 コラム 素材を巡る旅

素材を巡る旅
第2回「歴史の転換期に浮上する不思議な素材」

Txet by K.Ikeda

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水硬性石灰という素材とはもう既に15年程の付き合いになる。最初は石灰というものすら何であるのか分からず、当時面識のあった人物を頼りに石灰会社の技術者と知り合う機会をいただいた。水硬性石灰の研究を重ねる中で、少しずつ石灰という素材の面白さに惹かれていった。

石灰の素材としての魅力は多々あるが、特に生物起源であるという点が最もわくわくさせられる。海底に沈殿した貝殻やサンゴなどの死骸が蓄積し、何万年もかけて圧縮され岩石として形成される。その海底が地震活動などで隆起し、山となって現在は石灰岩の鉱脈となる。まさに地球規模のダイナミックな活動である。この石灰岩を焼成して、水を加えるプロセスを経て一般に石灰と呼ばれる消石灰が生成される。現在、石灰の用途は鉄鋼、セメントやガラス製造など幅広い分野で原料として使われており、まさに石灰なしでは我々の生活は成立しないほど重要な存在となっている。

石灰の仲間に、水硬性石灰という水で固まる石灰が存在する。水で固まる現象は、先ほどの消石灰にはなく、近代としてその特性が着目されたのは産業革命の時代、すなわち18世紀に入ってからである。当時の研究者は、固まった後に水をかけても崩れ落ちることのない水硬性石灰の利便性に気付き、土木構造物への利用を試みている。研究者たちは、水で硬化する特性を探求するうちに、水和物という言わばセメント質を見出すこととなり、試行錯誤の上、現在も使われているセメントの発明に至った。コンクリート構造の建物が林立している今の都市を見ると、その発明がいかに革命的であるか窺わせる。

産業革命時代の研究者たちが共通して参考にしたのは、古代ローマの水硬性石灰である。2千年余りに渡ってそびえ立つローマ帝国時代の建造物を目の当たりにして、研究者であれば、その耐久性の理由を自然と解明したくなるであろう。研究者たちが共通して着目したのは、ローマ時代より伝わる文献で、ウィトルウィルス(Marcus Vitruvius Pollio)の「De Architectura、建築十書」と呼ばれる最古の建築専門書である。ここには、建築様式から建設方法、さらには当時の建築技術や材料について事細かに記されている。ウィトルウィルスが活躍したのは、まさにかのカエサル(Gaius Iulius C?sar)の共和政からアウグストゥス(Gaius Julius Caesar Octavianus Augustus)による帝政ローマへと変遷する、紀元前後をまたぐ激動の時代である。広大な領地を統治する支えとして、建築の技術や容姿は大きな役割を担うという背景のもと、技術の伝承がカエサルやアウグストゥス始め、ローマの重鎮にとって重要な位置付けであったことが想像できる。

古代ローマの建築技術者たちは、軍事部門の傘下に属しており、ローマ式の建築様式を統治地域へ拡散することが求められていた。いわゆる、パンとサーカス(panem et circenses, D. J. Juvenalis)とその後揶揄されるように、闘技場やテルマエ(Thermae, 大浴場)などの公共施設やそれらを支える水道橋や道路などのインフラが、統治には欠かせない都市環境として導入された。このような需要に対して、当時の技術者たちはおそらく、都市建設を支える建築資材の安定した生産を求められたと推測できる。現に、ローマ時代の遺跡を見ると、膨大な量のレンガで構築されていることに気づくのであるが、石材を積み上げるよりも、合理的な工法として量産可能なレンガを選択していたという理由である。レンガは、製造や運搬の上で、巨石を扱うよりも、利便性の高い素材として扱われており、石材は逆に、ある時は基盤としてさらには美しさを表現する装飾部位など、重要な場面で使用されている。

Thermae Caracallae
カラカラ浴場

こうして製造されたレンガは積み上げられ、建造物となるのであるが、ローマ人の優秀さはここに留まらず、積み上げる方法について基準を設けるのである。この時代の遺構を観察していると、石材やレンガの積み上げ方が共通していることに気づく。特によく見るのが、大人の手に収まるような正方形小片の石を斜めに配置して積み上げる代表的な工法である。この工法は当時、opus caementiciumと呼ばれており、opusは工法、caementiciumは刻まれた小片石や瓦礫を意味する。

opus camenticium1
opus camenticium2
石積みの工法

この工法は、壁面の表層に模様付けられた様式を指すばかりでなく、組積の内部に石灰と瓦礫を骨材の混合体として充填する構築法を含んだ、すなわち壁面全体の作り方を広義として指している。ローマ近郊のアッピア街道を散策するとよく、表層の石材が剥がれて、充填した中身があらわとなっている構造物と出会う。その混合体すなわちモルタルは今も塊となって岩山のごとく地面に鎮座しているが、瓦礫をつなぎ合わせているのが当時の水硬性石灰である。積み上げられたレンガどうしも、水硬性石灰のモルタルの目地によって繋げられている。表層に見えるレンガの奥にもまた瓦礫を混ぜた水硬性石灰のモルタルが存在する。

Appia
「アッピア街道と道沿いの墳墓」

モルタルの作り方は、先のウィトルウィルスの建築書に事細かに記載されている。水硬性石灰のモルタルがある意味で規準となり、量産素材の重要な位置付けとなっていたことがわかる。ローマ時代の職人もまた、供給される素材の品質を信用して建物を建設して行ったのであろう。ローマの遺跡を前にして、積み上げられた無数のレンガや石材、さらには装飾の名残りを目の当たりにすると、レンガを作った人々、石を刻んだ人々、積み上げた人々、装飾を促した人々とともに、仕上がった建物で活動した人々の活気をとても身近に感じ、当時の繁栄がこうした一つ一つの作業によって成り立っているのだと納得させられる。

さて現在へと立ち戻ると、我々もまた一つ一つの生産品から都市社会の繁栄を築き上げていることに、ローマ時代との共通性を見出すことができる。発端は紛れもなく産業革命であり、特に建造物を短期に作り上げるための素材は水硬性石灰をきっかけとしている。水硬性石灰はセメントへと変遷し、今も我々の社会を根底から支えている。古代ローマの繁栄期がどの程度であるか定義は難しいが、共和制から帝政期まで1900年という驚くべき長さで続いたのは事実である。対して、産業革命から現在まではおよそ250年。繁栄は、大きな志しと小さな積み重ねがもたらすと理解しているが、古代ローマ人を見習うとすれば、我々にはさらに大きな繁栄を創造していける可能性があるということに気付かされる。

tokyo the city

水硬性石灰という一つの素材から、地球環境に適応する優れた性質を見出すとともに、歴史を紐解いていくと古代まで遡る経験を筆者自身大いに享受することができた。現在もまだ未知の部分も多く、素材の探求は奥深いほどテーマが与えられているようなもので、水硬性石灰との出会いは感謝すべきと思いながら、その利点を広く一般へと紹介できるよう努めている次第である。

ikeda

博士(工学)
池田勝利 Katsutoshi Ikeda
いけだ・かつとし 横浜国立大学建設学科卒・同大学院博士課程(鋼構造研究室)修了、博士(工学)、専門は建築構造・材料エンジニアリング。フランスのパリで育った背景から建築分野に興味を持ち、大学院時代に構造エンジニアの道を目指す。博士課程では鋼構造を研究分野としながらも、偶然出会った「天然水硬性石灰」の優れた特性に感銘を受ける。2006年には横浜国立大学のベンチャー企業として天然水硬性石灰の販売・開発会社となるクスノキ石灰株式会社を設立、同社代表取締役社長に就任する。2009年頃より株式会社カクイチとの共同事業として現行の塗り壁材である「シリカライム」の製品化に携わり、2013年に株式会社シリカライムの同社代表取締役社長に就任、現在に至る。

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