コラム

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素材を巡る旅 コラム 素材を巡る旅

素材を巡る旅
第3回「素材を巡る旅
ローマ時代のフレスコ画に触れて」

株式会社シリカライムの代表・池田勝利が、世界各地の素材との出会いや研究で得た学びを語るコラムです。第3回は、古代ローマ時代のフレスコ画について語ります。

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この世界に、何か純粋たる存在があるのだろうか。ローマ時代のフレスコ画やモザイク画を見たとき、その古代の芸術の優れた感性を目の当たりにして、最初に閃いた感想だった。人間の素性を露わに表現されたそれらの絵画を見ると、遠く人類の祖先が描いたものであるということを忘れ、まるで純粋な何か、神聖な存在が描いたように感じざるを得なくなる。

それは、街中に祀られていた祭壇で例えられるように、神々の存在を常に意識していた当時の人々の日常が影響しているように思える。通信手段の乏しい古代の世にあって、権威を象徴として維持するために英雄を神格化し、それを広く伝えるために神々の伝説を利用した政治的な意図も感じ取ることができる。あらゆる場面で、神々の伝説が当時の人たちの生活の一部を成しており、絵画として身近に表現されていたことが分かる。


エルコラーノのフレスコ画

ポンペイの壁画は、著名なドイツ人考古学者アウグスト・マウ(1840-1909)によって四様式に区分された。第一様式は、直方体の石積みを真似たモチーフで、2、3センチ浮き出た長方形が1つ1つ別々に彩色されている。この様式は、西ヨーロッパの都市で、建物の格式を高めるクラシッカルなファサードの典型として影響を与えたと考えられる。たとえば、時代を超えて1850年頃から建ち始めたパリのオースマン調の建物外装にもフレスコで彩色はされていないが、形として見ることができる。


ポンペイ、「ポンペイの四様式」中の「第1様式(Primo stile pompeiano)」

四様式の中で、「第3様式」から神々が描かれたフレスコ画が多く現れることで知られている。ローマ時代の覇者であり、帝国時代の礎を気付いたアウグストゥスは、ローマの平和な時代(Pax Romana)の到来を象徴するためか、神々への敬虔な姿勢を回復する運動を推したため、フレスコ画は平和な田園風景や美しい神話を題材にすることが多くなったことが背景にあると言われている。

ローマ国立博物館には、ローマのテベレ川沿いにあった巨大な建物で、アウグストゥスが最も信頼した腹心アグリッパ(Marcus Vipsanius Agrippa)の邸宅であったと推測されている、ヴィッラ・ファルネジーナ(Villa Farnesina)の地下から発見された家(Casa della Farnesina)のフレスコ画が展示されている。ここでは、壁面いっぱいに飾られていたフレスコ画の大きな断片を数多く鑑賞し、その臨場感を体験することができる。

特に夜の風景を描いた、黒色を背景としたフレスコ画は、近くに寄ってみると中央の部分に夜闇の街並みが描かれているのが分かるが、その景色にすうと引き込まれていく。精巧な図柄が、これほどの高い技術で描かれたのには、驚かされる。


ヴィッラ・ファルネジーナ地下の家のフレスコ画、ローマ国立博物館 マッシモ宮

ローマ国立博物館には、プリマポルタにあったアウグストゥスの妻リヴィアのヴィラに描かれた、著名なフレスコ画が飾られている。このフレスコ画は、部屋の四方を囲む壮大な作品で、鳥のさえずりが聞こえるかのごとく木立の中に描かれており、室内にいても豊かな自然を感じようとする、ローマ人の粋ともいえる感覚に触れることができる。時代を超えても美しさの感覚が共有できるのは、フレスコ画の保存能力にあるのだと改めて感じることができた。
このフレスコ画は、パリのオランジュリーにあるモネの大作「睡蓮」を思い起こさせるが、ローマ時代において、このような画風がすでに存在していたのに驚嘆してしまう。


リヴィアのヴィラのフレスコ画(第2様式)、ローマ国立博物館 マッシモ宮

ローマのパラティーノの丘にあるアウグストゥスの家(Domus Augusti)は長い修復工事をようやく終えて、2015年の晩秋に、夢までに見たその内部を観ることができた(ここの見学は予約が必要である)。そこは、ローマ建国伝説の祖であるロムルスの住居跡に隣接しており、アウグストゥス以降の歴代皇帝はこの地に隣接して居を構えることになる。参考までに、ロムルスの住居跡には、柱を立てた穴跡が散在しており、建物は縄文時代の竪穴式住居によく似た簡単な構造であったことが、イタリアで出土する建物を型取った遺灰用の土器から知ることができる。紀元前700年頃のこのような掘建小屋が、数百年かけてローマ帝国を建立するまでに至った道のりを考えると、ローマは一日にして成らずという言葉に納得するまでである。


ロムルスの住居跡、ローマ国立博物館 ディオクレティアヌス浴場

ローマ時代の歴史家スエトニウス(Suetonius)は、皇帝伝(De Vita Caesarum)で、アウグストゥスは謙虚で慎重な姿勢を世間に示していたことが記されている。アウグストゥスの家(とされている区域ではあるが)に足を踏み入れると、一見してシンプルな内部構造を見せる。建物内部を装飾しているフレスコ画は、つぶさに観察すると細部までにこだわりを見せた皇帝らしい繊細で高度な画風をみせるが、ポンペイやエルコラーノの裕福そうな館で見るフレスコ画のような豪華絢爛さは見受けられないように思えた。

国の中枢という、文化的であるべき姿勢を示しているか、それとも、彼の謙虚な姿勢を示した背景があるのか、スエトニウスは、アウグストゥスの家のプライベートエリアを「広くも装飾もされていない、近辺の石材で作られ、大理石や寄木細工は使われていない部屋が並ぶ」と表現している。

アウグストゥスの家(プライベートエリアのフレスコ画)

邸宅には要として、今は失われたアポロン神殿が隣接していたことが伝えられている。当時の詩人プロペルティウス(Propertius)は、詩集「エレギア(elegia)」の中で、建物が白色の大理石でまとわれていたなど、その豪華さを表現している。さらにアウグストゥスの家には、妻であるリヴィアの家が隣接している。

アウグストゥスの家とアポロン神殿をつなぐ部分の天井フレスコ画

リヴィアの家

ポンペイやエルコラーノで出土し描かれた壁画やモザイク画は、人類の宝としては第一級のものである。紀元79年にヴェスヴィオ山の噴火と火砕流といった当時の人々にとっては、恐怖と破壊をもたらした不幸な大災害ではあるが、現代の私たちにとっては、当時を知るための大きな手がかりとなっている。
ポンペイのフレスコ画については、解説を始めると長くなるため、次回の機会に紹介したいと思う。

こうして、ローマ時代のフレスコ画を紹介していくと、古代の人々の内面にある純真な部分が今よりも自由で豊かであったことが、絵画を神聖なものとして私たちの目に映るのではないかと思うのである。


ポンペイ

今回のコラムは、2016年の4月から7月まで森美術館で開催されているポンペイ展にあわせて、今まで見てきたローマ時代のフレスコ画について、当時の絵画とその技法の素晴らしさを紹介したく執筆したものである。

ikeda

博士(工学)
池田勝利 Katsutoshi Ikeda
いけだ・かつとし 横浜国立大学建設学科卒・同大学院博士課程(鋼構造研究室)修了、博士(工学)、専門は建築構造・材料エンジニアリング。フランスのパリで育った背景から建築分野に興味を持ち、大学院時代に構造エンジニアの道を目指す。博士課程では鋼構造を研究分野としながらも、偶然出会った「天然水硬性石灰」の優れた特性に感銘を受ける。2006年には横浜国立大学のベンチャー企業として天然水硬性石灰の販売・開発会社となるクスノキ石灰株式会社を設立、同社代表取締役社長に就任する。2009年頃より株式会社カクイチとの共同事業として現行の塗り壁材である「シリカライム」の製品化に携わり、2013年に株式会社シリカライムの同社代表取締役社長に就任、現在に至る。